世紀のイベント、米朝首脳会談の背景 編集委員・久保田るり子

2018/04/16 11:00

 北朝鮮が日本批判を繰り返している。「大勢を理解しない日本は孤立」「悪辣(あくらつ)な制裁・封鎖策動」「自衛隊増強は海外膨張野望」「安倍一味は朝鮮半島情勢が緩和されていることに不安がっている」-。朝鮮労働党機関紙「労働新聞」や朝鮮中央通信の論評に激しい言葉が躍る。

 自衛隊批判が目立つのは「瀬取り」の監視圧力が効いている証拠である。「日本の孤立化」をあおるのは安倍晋三政権の対米影響力への牽制(けんせい)だろう。日米を離反させたいようだが、そうはいくまい。17日からの日米首脳会談は強力な対北牽制となる。

 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の微笑外交が続いている。だが、変わったのは周辺国の対応であり、北朝鮮の脅威に何の変化もない。「いま重要なのは最大限の抑止を続けること、そして米国の意思を確認すること」(森本敏元防衛相)である。

 世紀のイベントとなる米朝首脳会談の背景を読むうえで、現状を象徴しているシーンがふたつある。

 ひとつ目は、訪米してトランプ米大統領に金正恩氏の伝言を伝えた韓国の鄭義溶・大統領府国家安保室長ら特使団が3月8日、米ホワイトハウスの庭で声明を発表した際に、米政府関係者がひとりも付き添わなかったことだ。「米国は話を聞いただけ」との姿勢で韓国との距離感も保った。米政府の対応には「簡単には信用しない」という冷ややかさが漂う。

 

 ふたつ目は、中国国営中央テレビが3月28日に放映した習近平国家主席と金正恩氏の首脳会談の模様だ。金正恩氏は習近平氏の言葉に耳を傾け真剣にメモを取っていた。まるで王朝時代の冊封体制だった。金正恩氏には不義理を悔いる姿勢がみえ、「対面して状況を報告すべきであった」と反省し、今後は「緊密な意思疎通を保ちたい」と何度か繰り返し、和解を願う北朝鮮の事情がにじみ出た。

 朝鮮戦争(1950~53年)以来、軍事的に対峙(たいじ)してきた南北がわずか3カ月で急接近し、韓国が米朝会談を仲介するというのは、歴史的な逆転劇ともいえる。一方で金正恩氏は冷え込んでいた中朝関係の扉をたたいた。制裁を強めていた中国に伝統的な友好関係を求めたのが中朝首脳会談だった。

 トランプ氏は特使団が伝えた金正恩氏の提案に即答した。交渉するつもりはなく、聞きたいのは非核化の意思だけだから、「では、会おう」で済ませた。トランプ氏は金正恩氏の回答次第で会談の席を蹴ることも可能だ。対北シフトにポンペオ次期国務長官、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)という強硬派で固めた。トランプ政権は史上初の米朝会談を実現するだけで歴史に名前を残せる。トランプ氏側のリスクは小さい。

 

 一方の習近平氏の元には追い詰められた若い金正恩氏がやってきた。軍門に下った金正恩氏を習近平氏は「力になろう」と元気づけた。貿易の9割を握り北朝鮮の生命線を握る中国にとって北朝鮮の核は自国の脅威ではなく、「段階的な非核化で差し支えない」。習近平氏は金正恩氏の過去の非礼を水に流して歓待し、金正恩氏は安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 朝鮮半島の力関係は「米国VS中国」で決まる。いま米中はにらみ合っている。米中では北朝鮮の核脅威に対する埋めがたい差異がある。米国の歴代政権は核問題を先送りにし、中国の歴代政権は北の核開発を黙認してきた。

 一方で日米には温度差もある。米国が非核化に集中し、ミサイル問題がおざなりにされれば、日本にとっての脅威が軽減されないだけでなく日本は孤立してしまう。これまで日本人拉致問題に前向きだったトランプ氏を今回、どこまで説得できるのかも、日本にとっての日米首脳会談における重要な課題だ。「微笑外交で日本世論の対北認識が甘くなっている。北の脅威はいつ、いかなる事態が起きてもおかしくない」(森本氏)(くぼた るりこ)