米の戦術核の使用戦略は世界の不安定化につながる 日本が歓迎するのはおかしい 国際政治学者・三浦瑠麗

2018/02/14 11:45

 削減へ舵を切ったのは「幻想」

 米国のトランプ政権が今月、新核戦略指針「核態勢の見直し」を公表した。2010年以来最初の見直しであり、この報告書の内容を日本政府は歓迎している。米国の核態勢というとき、それはグローバルな戦略を意味しており、東アジアだけを対象としたものではない。従って、今回の報告書を評価するにあたってもグローバルに見なければならないだろう。

 見直しの内容は、小型の新型核戦力への投資を強化し、サイバー攻撃を含む多様な攻撃に対して核の先制使用を躊躇(ためら)わないとするものだった。しかし、その核戦略が抑止力を強化するものかどうかは疑問が残る。報告書は、オバマ大統領が新戦略兵器削減条約(新START)の批准と引き換えに承認した核兵器の近代化計画を大筋継承している。米国の議会予算局の見積もりに従えば、この計画には約1・2兆ドルもかかるという。

 旧条約のSTART1では戦略核弾頭が6000発と定められていたのに対し、新STARTでは作戦に配備する戦略核弾頭が1550発と定められた。しかし戦術核兵器の弾頭数は、数量制限がかからなかったのだ。一見、新条約は核兵器削減に向けて大きく舵(かじ)を切ったかに見えて、実際には老朽化した戦略核を米露が協調して減らしつつ更新費用を節約し、他方で小型核にお金をつぎ込もうというものであったわけだ。「核なき世界」という理想は、結局はそういった現実にまみれていた。

 

 財政的な制約から見る軍縮

 そこで、米国にとって戦略核を削減する意味を財政的に考えてみよう。昨年時点で米国が保有している核弾頭は6800発あった。そのうち、2800発が退役・解体待ち、作戦外で貯蔵しているのが2200発だ。作戦配備しているのは戦術核150発を含む1800発となる。

 核弾頭には耐用年数というものがある。米国は古い核兵器のうちいくつかの型については退役を遅らせ、耐用年数延長のための更新計画を実行し、新しい核弾頭を作らないできた。既に予定されている更新計画だけで、次の20~30年に2500億ドルほどかかる見込みだ。これは日本の防衛費の5年分以上にあたる。1940年から96年までの間に、アメリカが核兵器に投じた額はおよそ5・5兆ドルであるから、穏当な見積もりといえる。

 

 つまり、使う予定もない戦略核兵器を6800発も保持することは予算上ありえないのだ。核保有国が軍縮に同意するのは、必要がなくなったものを節約のために削減するケースになりがちだ。

 では、使える核として小型核を重視するのはなぜか。欧州各国は現在ロシアの脅威を改めて強調するようになってきている。選挙戦中はロシアとの関係改善を示唆していたトランプ氏だが、米露関係は改善せず、ロシアは周辺国に対して脅しを振りまいてきた。

 いまは双方が、相手こそ戦力の均衡を崩そうとしていると非難合戦を展開している。米国はロシアが中距離核戦力(INF)全廃条約に違反していると非難しているし、ロシアは米国のミサイル防衛システムを、相互確証破壊を乗り越えようとするものだとする。

 実際に、新型の戦術核の導入に関しては、米国はむしろ後れをとってきた。それは確かだ。しかし、爆発の威力が小さい戦術核を導入し、通常兵力からサイバー攻撃に至るまでの非核攻撃に対し、核での反撃を躊躇わないという方針をどう捉えるべきか。

 

 東アジアから撤退が進む恐れも

 通常兵力での攻撃に核兵器を報復として使うという発想は、ケネディ政権の頃の柔軟反応戦略を彷彿(ほうふつ)させる。こうした戦術核の使用は、冷戦期に欧州でソ連戦車部隊に抗するために必要と考えられていた。地上軍で負けるかもしれないところで核を使用する戦略を立て、バランスを取ろうとするものだったからだ。

 要は、米国が1・2兆ドルもの支出を躊躇わない背景には、新型の戦術核や運搬手段の開発に乗り出したい専門家や軍需産業の思惑に加えて、海外へのコミットメントに疲れた米国政治の本音が色濃く反映されているわけだ。しかし、柔軟反応戦略への回帰は、大きな問題を含んでいる。それは相互確証破壊による安定の終わりを意味するし、中東情勢を不安定化させるものだ。

 核兵器を使用することの精神的ハードルが下がってしまう危険を指摘する人たちもいる。核兵器を使える兵器とするのももちろん問題だが、引き続き使えない兵器だとするのなら、これだけの予算をつぎ込み、人員や通常兵力の必要な装備を削って、東アジアからの撤退が事実上進んでしまうことの問題もある。

 つまり、日本政府が今般の見直しを拡大抑止の強化だとして歓迎したのはおかしい。安全保障の観点から見て世界を不安定化させうる政策転換であり、米国の圧倒的な通常兵力に支えられてきた日本防衛への関与を下げたい米国政界の本音が窺(うかが)える動きだからだ。(国際政治学者 三浦瑠麗 みうらるり)