池袋は学問の一つ

2017/07/14 13:59

いつからか、東京の北側に位置する池袋は在日華人が集まる場所となり、中国の物を売る店や中華料理店、中国語の新聞社などが集合して、「チャイナタウン」となっている。池袋東駅の北口を出ると、たくさんの中国人がそこで待ち合わせる光景をよく目にし、中国語が飛び交っている。(文:黄文■、■は火へんに韋。在日華字紙・中文導報掲載)

東京の各場所にそれぞれの特徴がある。新宿、池袋、渋谷は三大副都心。正直言って、池袋は、俗っぽく、ごちゃごちゃした歓楽街の雰囲気が漂っている。しかし、その自由奔放な雰囲気の中で、とてもリラックスすることができる。在日華人は、池袋で中国各地の名物料理を味わうことができる。例えば、中国東北料理の店では、客も店員も、中国東北地方の方言で会話しており、中国東北部を流れる松花江の川辺にでもいるような気分に浸ることができる。

しかし、池袋は、単に食べたり飲んだりして楽しめるだけの場所ではない。池袋は歴史があり、バラエティに富む文化がある街でもある。

かつて、池袋は日本の前衛アーティストたちが集まる場所だった。大正前期から昭和の戦前まで、池袋には100人以上の画家、詩人、役者などが集まっていた。作家の小熊秀雄は、池袋駅西口に拡がるアトリエ村を「池袋モンパルナス」と呼び始めたと言われている。モンパルナスとは、フランス・パリのセーヌ川左岸14区にある地区で、1920年代の狂乱の時代、エコール・ド・パリと呼ばれた芸術家たちの中心地としても有名。今でも多くの人がこの街に特別な思いを抱いており、アーティストの楽園となっている。当時、「池袋モンパルナス」にある家にはアトリエがあり、多くのアーティストがその簡素でありながら、ロマンチックなアート天国で腕と感性を磨き、夢を馳せていた。

昨年末、筆者は豊島区中央図書館で開催された「池袋モンパルナス」をテーマにした地域研究ゼミナールに参加した。そのイベントには、「池袋モンパルナス」の画家の兄弟や息子なども参加していた。彼らも70-80歳の高齢で、子供の頃に見たり聞いたりした「池袋モンパルナス」に関して覚えていることを一つ一つ興奮しながら語るその姿を見ると、画家だった兄弟や父親らの光が今でも彼らの人生に輝きを与えているように感じた。今、「池袋モンパルナス」があった場所に住んでいる人たちは、当時の名残を大切に残すよう励んでいる。みんなで池袋の歴史を発掘しそれを保存しているのだ。

 

2014年から、池袋にある立教大学は毎年、「池袋学」というシリーズ講座を開設している。池袋がなんと「学問」の一つとなっているのだ。学者らは池袋の漫画の発展の歴史や池袋の鉄道史、池袋の演劇の特徴、池袋の多文化の現状などの研究にいそしんでいる。

100年前、前衛の「池袋モンパルナス」のアーティストらが、時代の潮流を牽引し、当時のロマンチックな風は今の池袋にも影響を与えている。演劇、アニメ、絵画などのアートは依然として池袋で発展を続けている。日本の地域文化の継承を池袋で垣間見ることができる。

21世紀に入り、別の前衛文化が池袋で根を生やし芽を出している。それは、「オタク文化」だ。具体的に言うと、東池袋3丁目で、秋葉原と違うのは、その地域は「腐女子の聖地」と称されている点だ。そこの消費の主力はオタクの女性だ。アニメ関連の商品は現地の観光業を牽引し、アニメを熱愛する外国人観光客はそこで自分の大好きなアニメ関連のお土産を見つけることができるだろう。

「腐女子の聖地」の向かいにあるのが東池袋中央公園で、そのすぐ近くに中国食品スーパー・陽光城がある。日本の繁華街にある公園としては、同公園は大きい部類に入る。公園には大きな木が立ち並び、春になると桜が咲き誇る。そして、秋は紅葉が美しく、多くの人でにぎわっている少し離れた公園の外と比べると、そこは全く別世界。そこでは、緑の木や池の景色を楽しみながら、ゆっくりと散歩することができる。公園の中では、ネコと人が仲良くしているシーンを見かけることもでき、それほどのどかな景色は公園の外では見ることができない。ここが東京拘置所の跡地であることなど誰も想像できないだろう。暗い歴史がそこでは完全に過去のものとなっている。

 

東池袋中央公園が最もにぎわうのは、月1ペースで開催されるコスプレイベントの時で、奇抜なファッションのコスプレイヤーでいっぱいになる。何かのキャラクターに扮してみたいという欲望は、もしかしたら誰の心の中にでも眠っているもので、誰の心にも自分とは違う自分がいるのかもしれない。16年10月に同公園で開催された「ハロウィンコスプレフェス」には、小池百合子東京都知事と豊島区の高野之夫区長もコスプレ姿で登場した。小池知事が扮したのは、漫画「リボンの騎士」の主人公・サファイアで、ステージに上がると「百合子!百合子!」の歓声が上がった。

在日華人が池袋を好むのは、交通の便がよく、文化が豊富で、異国の地のオアシスのような場所だからだ。数年前、在日華人が池袋に中華街を作り、名実伴う中国人の天下にしようという案があった。しかし、今考えると、横浜に非常に有名な中華街があるため、池袋にそれと同じうようなものを作る必要はない。実際には、池袋北口一帯はすでに「チャイナタウン」化しており、型にはまらない自由なムードがそこの良さだ。池袋が好きなら、そこを楽しみ、大切にすればいいのであって、自分の物にしてしまう必要はない。自分の愛する場所は、「学問」と見てそこに敬意を示さなければならない。実際には、池袋には現在、中華料理だけでなく、ベトナム料理やインド料理、タイ料理などもある。20年の東京五輪開催の風に乗り、池袋がアジアのグルメ天国になればそれほどよいことはなく、もちろん、中華料理は引き続き「ボス」としての地位を保たなければならない。

にぎやかで、型にはまらず、多彩で、包容力がある……。これが池袋の魅力で、日本のグローバル化や大衆文化を見てみたければ池袋に来るといい。池袋は「学問」の一つで、あなたも、そこから帰りたくなくなり、いつの間にかその学問に溶け込んでしまっているという日もくるかもしれない。(編集KN)

「人民網日本語版」2017年7月14日